それが我々の生き残る道

  • 作成日:2018.09.10

脱石油の流れの中で、生き残りをかけた統合合併をおこなった西尾氏。

西尾進路 

JXホールディングス相談役 

1964年 慶應義塾大学経済学部卒、日本石油入社
2005年 新日本石油社長就任
2010年 JXホールディングス会長就任
2012年 JXホールディングス相談役

脱石油の流れの中で

JXTGホールディングスは、大手の石油精製・販売会社を統合する目的で作られた会社だった。

統合・合併の背景には当時の社会的な状況が大きく関わっている。

まずは金融危機による景気の後退。
それから環境問題への配慮に対する石油製品の需要減。

このため、規模拡大による生産販売の強化が必須となり、このような時代になった。

西尾氏は当時をこう振り返る。

今までの統合はコスト削減の意味合いが大きかったのに対して、今回は石油製品需給の緩和につながる設備過剰を解消し、需給安定を図るのが最大の狙いです。ガソリン、灯油、重油など石油製品の需要は今、構造的な要因で減少しています。つまり少子化の進展やハイブリッド車の登場、オール電化の攻勢などを背景とする「脱石油」の流れの中、業界の生き残りという問題意識に立つと、さらに大きなシェアを獲得し、絶対的なリーダーシップをとらなければならないと考えました。

引用:https://toyokeizai.net/articles/-/2738

古き良き時代

西尾氏が慶応大学を卒業して、日本石油に入社したのが、1964年だった。

この時の世界のエネルギーは、石油が全体の7割を超えていて、他のエネルギーとは比較にならないレベルだったという。

しかし、99年ごろに石油需要は頭打ちとなり、さらに化石燃料による環境への影響の問題もあって、世界の目も厳しくなってきたという。

誰もが石油需要が落ちることは簡単に想像できたし、閉塞感もあったそうだ。

西尾氏は経理畑を歩んできただけに、数字を通して実感していたという。
石油が一番好調な時に入社した西尾氏も、いままでと同じように仕事をしていれば良い時代ではなくなったと感じていたという。

よりどころを求めて

そのような状況の中で、なにか心のよりどころを探していた時だった。
知り合いと酒を飲んでいた時に、相手が読書家であることを知って、自分も本を読んでみようと思ったという。

池波正太郎の『鬼平犯科帳』や、『三国志』『水滸伝』なども読んだが、一番気に入ったのは、司馬遼太郎の『菜の花の沖』だったという。

失脚

会社が合併する前は、取締役だった西尾氏には通勤用の送迎者がついていたという。

しかし、合併後経費削減の影響で、役職の低いものから送迎車が取り上げられた。
西尾氏もその対象で、バスで通勤することになったが、片道1時間半もかかる。

その間に読んでいたのが、『菜の花の沖』だったという。

当時は通勤の足を失って、これが「失脚」かと一人で笑っていたという。

その後については経歴を見る通り、新日石の社長となり、JXホールディングスの会長にもなった。

世情や社会の変化の中で、自分の生き残る道を探して進んでいった。

参照:http://www.takarabe-hrj.co.jp/ring/season1/007/p1.html
参照:http://president.jp/articles/-/7748
参照:https://toyokeizai.net/articles/-/2738