私が社長です

  • 作成日:2018.03.14

自社の広告塔として、自ら派手な衣装を身にまとってメディアへ露出した元谷氏。

クレームが殺到したそうだが、本人は注目を集めていることを確認し、狙い通りだと笑ったという。

元谷 芙美子

1971年 信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役
1994年 アパホテル株式会社取締役社長就任
自社の広告塔として活動しメディアへの大量露出で有名社長となる

2005年 法政大学人間環境学部卒
2006年 早稲田大学大学院公共経営研究科修士号を取得

アパホテル

アパホテルは全国展開をしているビジネスホテルのグループだが、その会社には特に有名な社長がいる。
それが元谷氏だ。

アパホテルの代表になったのが1994年の事だったが、新聞の一面広告や、電車の中刷り広告などを独占して、派手に着飾った元谷氏がほほ笑んでいる広告を出した。

クレームが殺到したそうだが、元谷氏本人はどこ吹く風。

それどころか、狙い通り注目されたことで、目的を達成したと話したという。

狙い通りだな。
来たな、来たなってうれしかった。
だって、それだけ注目されたってことでしょ

引用:https://tsunebo.com/motoya-fumiko

しかし、ここまでアパホテルが成長したのは、やはりサービスがしっかりと整っていたからだ。
とくにサラリーマンの心をつかんだのが、キャッシュバックだったと言われている。
会員はすでに800万人以上いるそうだ。

社長になるまで

もともと元谷氏は、学生時代から優秀だったそうだ。
学生時代は生徒会長も2回経験し、高校の弁論大会でも優勝していたという。

これだけ見ても、積極的でアクティブな人柄が垣間見える。
本人はお茶の水女子大学に進学し、学校教師になることを目標にしていたそうだ。
しかし、父親が病で倒れ、高校卒業後に福井信用金庫に入行することになった。
運命の出会いはそこであった。

仕事の関係で、後に夫となる元谷外志雄と出会って結婚した。

後に銀行を退職して、信金開発株式会社(現アパ株式会社)を創業するが、自ら営業を担当し、成績はトップをマークしていた。
さらに夫から、社長に任命されて、さらなる快進撃を見せた。

徹底することで成功をつかむ

アパホテルを利用すると、そこには元谷氏の顔写真が入ったカレー、ラーメン、ミネラルウォーター、さらには「うまい棒」などもあるらしい。

社長就任と同時に打った大々的な広告に多くのクレームが来たのだが、それにめげずに様々なところで自分自身を売り込んでいったのも成功した要素の一つともいえる。

営業はモノを売ることではなく、自分をわかってもらうこと、と言う経営者もいるが、まず自分のほうへ振り向いてもらわなければ話にならない。

社長である自分自身を売り出した徹底ぶりには他の経営者に類を見ない。

大学に入りなおす

プロフィールを見ると、50歳を超えてから大学に入りなおしているのが分かる。
学部は人間環境学部、それから公共経営研究科など。
これは直接ビジネスに関係することを学びなおしている感じはあまりしない。

ひょっとしたら、少女時代にあきらめた進学をここで取り戻したのかもしれない。
現在は東京国際大学の客員教授になっている。

参照:https://tsunebo.com/motoya-fumiko
参照:https://www.apahotel.com/
参照:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%B0%B7%E8%8A%99%E7%BE%8E%E5%AD%90